中村憲剛がJ1リーグ400試合出場&J1個人200勝へ。川崎フロンターレの心臓。

川崎フロンターレの心臓、バンディエラ、中村憲剛が、

ついに史上二人目の大卒選手J1リーグ400試合出場となります。

 

土曜日のベガルタ仙台戦で、出場すれば達成。

 

現在の中村憲剛の出場試合数は、

J1リーグ総試合399試合64得点となっており…

それ以外にJ2リーグで、75試合9得点を記録しています。

 

大卒選手では419試合の藤田俊哉氏(46)に続いて2人目。

 

長いJリーグの中で、たくさんいる大卒Jリーガーの中で、たった2人ですからね。

すごい記録です。

 

さてそれぞれの年の出場試合の勝敗数をまとめました。

 

すごい時間かかったので…ぜひ読んでくださいw

(※J2時代は抜いています)

 

中村憲剛の背番号14は、川崎フロンターレ史上初の永久欠番を希望します。

中村憲剛出場試合勝敗(2005年)

2005年29試合2得点。

憲剛が出場した試合は14勝3分12敗。

J1初ゴールは8月24日のマリノス戦でした。

 

チーム全体は、

15勝5分14敗(勝ち点50、8位)

J1再出発のリーグ戦で、

堂々8位。

 

しっかりと戦えていますよね。

中村憲剛自身も、初のJ1とは思えない大活躍でした。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2006年)

2006年34試合10得点(全試合出場・キャリア唯一の2けた得点)。

 

チーム全体も

20勝7分7敗(勝ち点67、2位)

J1史上最高位の2位を達成。

(まさかこの後こんなに2位が続くとは…)

 

初のJ1昇格年度である、2000年には、

ナビスコで準優勝しており、

単純に3大タイトルの2位ってことだけで言えば

2回目ですけどね。

 

中村憲剛も自身も大活躍で、

ベストイレブン受賞。

 

日本代表にも選ばれて、

AFCアジアカップの予選でもあった、

10月のインド戦では代表初ゴールも決めました。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2007年)

2007年30試合4得点。

憲剛が出場した試合は14勝10分6敗。

 

チーム全体は

14勝12分8敗(勝ち点54、5位)

なので勝利した試合には全部出場していますね。

 

J2から上がってきたチームですが、

関塚さんのサッカーがJ1でも通じるところを見せつけた結果を出しました。

ナビスコカップ2回目の決勝進出(ガンバに惜敗)。

 

さらに初出場のACLでは、

決勝トーナメント進出。

 

準々決勝セパハンとの決戦は、

等々力でPK戦で敗北という悲しい結末で、

チームとしては現在まで続く、

詰めの甘さを感じる結果でしたが、

憲剛にとっては、

素晴らしい一年になりました。

 

2年連続ベストイレブン受賞。

 

日本代表として、

AFCアジアカップに出場。

 

代表キャリアも13試合と、かなりの数に。

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中村憲剛出場試合勝敗(2008年)

2008年34試合4得点(全試合出場)!

 

開幕2戦目の神戸戦での起用法を不満を覚えた、

フッキが4月2日に退団して東京ヴェルディへ完全移籍。

 

持病の不整脈で関塚隆監督が倒れて、

ヘッドコーチの高畠勉が監督に昇格したりという大変なシーズンでしたが、

憲剛が全試合出場し、

チームも2度目のリーグ2位を記録。

 

18勝6分10敗(勝ち点60、2位)となりました。

 

3年連続ベストイレブン受賞。

 

代表でも主力選手に定着しましたね。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2009年)

 

2009年32試合4得点。

17勝7分8敗。

 

チーム全体では、

19勝7分8敗 (勝ち点64、2位)。

 

2年連続2位というすばらしい結果を残し、

ナビスコも2位(森のあの事件があった日ですね)。

 

と、川崎フロンターレ史上最強だといまだに言われる2009年。

 

あの大分トリニータに負けなければ…

みたいなシーズンでしたよね。

 

中村憲剛自身は、4年連続ベストイレブン受賞。

日本代表でもかなり活躍していましたよね。

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中村憲剛出場試合勝敗(2010年)

2010年27試合4得点。

J1史上最小出場となりました。

 

10勝8分9敗。

 

中村憲剛自身は、

AFCチャンピオンズリーグ2010の

城南一和戦での負傷により戦線離脱。

 

検査の結果、下顎骨骨折と診断されて、

南アフリカワールドカップのメンバー入りが危ぶまたものの、

4月14日には予定よりも早く復帰を果たして、

5月10日、ワールドカップ最終メンバーに選出。

 

本大会では決勝トーナメント第一戦のパラグアイ戦に

後半途中から交代出場。

 

ワールドカップに初めて出た川崎フロンターレの選手となりました。

 

チーム全体は、

15勝9分10敗(勝ち点54、5位)で、

中村憲剛は5年連続ベストイレブン受賞となりました。

中村憲剛出場試合勝敗(2011年)

2011年30試合4得点。

11勝5分14敗。

 

中村憲剛は、年末のやべっちFCで年間最優秀FK賞を受賞した、

5月28日J1第13節ガンバ大阪戦で決めたブザービーターFKがありましたね。

 

川崎フロンターレ自体はOBの相馬体制に代わり、

なかなか活躍できず…震災もあったりしたけど、

チーム全体は、

13勝5分16敗(勝ち点44、11位)

Jリーグ再昇格後最低の成績でしたよね。

 

リーグ8連敗あったり、

「挑」ユニフォームで成績が取れなかったこの年は、

かなり覚えてるなぁ…

 

負け越したのなかなかないからね…。

日本代表に推薦したい川崎フロンターレ選手5名。

中村憲剛出場試合勝敗(2012年)

2012年34試合5得点。

 

チーム全体も

14勝8分12敗(勝ち点50、8位)。

 

ここからまた成長が始まります。

 

4月途中で相馬直樹監督が退任して、

望月監督代行に代わり、

風間八宏監督が就任。

 

相馬サッカーは厳しかったねぇ…

ここから本当に中村憲剛が成長していきます。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2013年)

風間八宏体制2年目。

 

2013年29試合7得点。

出場試合15勝6分8敗。

 

チーム全体は、

18勝6分10敗(勝ち点60、3位)。

 

最後の最後、かなり勝った印象のあるこのシーズン。

最後の9試合は8勝1敗で終ったんでしたっけ?

最後マリノスに勝って3位に浮上して、ACLをゲットしたんですよね。

 

ちなみにこの年、大久保嘉人が加入し、

それから圧倒的な攻撃力を誇り始めたんですよね。

 

おれの大好きな森谷賢太郎も加入しました。

新井章太とかもこの年に加入でした。

中村憲剛の背番号14は、川崎フロンターレ史上初の永久欠番を希望します。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2014年)

2014年30試合3得点。

出場試合は14勝6分10敗。

 

チーム全体は、

16勝7分11敗(勝ち点55、6位)となりました。

 

最後の方が一番ひどかったシーズンのイメージ。

首位だった浦和レッズや強かったサガン鳥栖を破ったりと、

上位キラーっぷりを見せつけましたが、

鬼門デンカビッグスワンスタジアムでは当然のように負けて、

残留争い中のヴァンフォーレ甲府、清水エスパルスに逆転負けしたりと、

かなり悲しい終盤でしたね。

 

中村憲剛は、

左足関節骨棘障害で離脱してしまって、

チームもボロボロになりました。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2015年)

2015年33試合2得点。

自身出場試合は16勝6分11敗。

 

等々力陸上競技場のメインスタンド改修工事が完了したこの年。

 

2ステージ制になったこの年は、

ファーストステージ5位、

セカンドステージ7位と振るわず、

チーム全体は、

17勝6分11敗(勝ち点57、総合6位)。

7月にはホーム等々力陸上競技場に

香川真司擁するドイツブンデスリーガの強豪ドルトムントがきて、

親善試合を行いましたが…0-6で大敗。

中村憲剛の背番号14は、川崎フロンターレ史上初の永久欠番を希望します。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2016年)

2016年の中村憲剛は、31試合9得点。

出場試合は21勝4分6敗。

 

チーム全体は、

22勝6分6敗(勝ち点72、3位(CSで負けたので))

 

すごい勝ち点ですね…。

なぜこれで優勝できなかったんだろう…。

 

さらに天皇杯も準優勝で、

Jリーグ史上最年長MVPを受賞、

 

6回目のベストイレブン受賞。

 

キャリアハイの結果を残した1年になりました。

 

まだまだ進化は止まりません。

 

中村憲剛出場試合勝敗(2017年)

やっと今年まで来た…。長かった…。

 

2017年は出場試合でいうと、

26試合15勝8分3敗6得点。

 

 

チーム全体は、

28試合16勝8分4敗(勝ち点は56、暫定2位)。

 

36歳の年ですからねー。

 

それでも普通にほとんどの試合に出場して、

優勝争いをしているチームに力を

与えているのはただただすごいの一言。

 

まだまだ進化の途中ですね。

中村憲剛の背番号14は、川崎フロンターレ史上初の永久欠番を希望します。

 

中村憲剛出場結果まとめ

2005年14勝3分12敗
2006年20勝7分7敗
2007年14勝10分6敗
2008年18勝6分10敗
2009年17勝7分8敗
2010年10勝8分9敗
2011年11勝5分14敗
2012年14勝8分12敗
2013年15勝6分8敗
2014年14勝6分10敗
2015年16勝6分11敗
2016年21勝4分6敗
2017年15勝8分3敗

トータル399試合で、
199勝84分116敗となりました。

勝率は49.88%
分率は21.05%
敗率は29.07%

となっています。

中村憲剛出場試合J1リーグ200勝も王手だったんですね!

ちなみに2005年以降のJ1での、
川崎フロンターレの勝敗は…

2005年15勝5分14敗
2006年20勝7分7敗
2007年14勝12分8敗
2008年18勝6分10敗
2009年19勝7分8敗
2010年15勝9分10敗
2011年13勝5分16敗
2012年14勝8分12敗
2013年18勝6分10敗
2014年16勝7分11敗
2015年17勝6分11敗
2016年22勝6分6敗
2017年16勝8分4敗

トータル436試合で、
217勝92分127敗

勝率は49.77%
分率は21.10%
敗率は29.13%

ちょっとの差ですが、
やっぱり憲剛のいるほうが勝率が多くて、
敗率が少ない結果になっていますね。

 

中村憲剛にとって400試合は通過点

 

すごいことですよね。

単純に出続けるのがすごい。

400試合目も通過点って本人も言っていました。

「今回は通過点。

いろんな人の支えがあって、

ここまで長くやれことに感謝したいし、

まだまだ積み重ねたい」

って言っていたし、

「今年もすごく自分が成長できている。

年齢に対する目に抗いたいというのも、

プライドとして持ち続けている。

今年もまた、新しい中村憲剛を見せたい」

と日々の成長を確信しているみたいです。

 

Jリーグベストイレブンは、

6回(2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2016年)

Jリーグ最優秀選手も、1回(2016年)。

 

改めてJリーグ屈指のMFですよね。

やっぱり憲剛が引退するときは、

14番は永久欠番にするべきだと思うなー。

 

長々と呼んでいただきありがとうございました!

中村憲剛の背番号14は、川崎フロンターレ史上初の永久欠番を希望します。