川崎フロンターレのバンディエラが中村憲剛なら、ヴァンフォーレ甲府のバンディエラは石原克哉ですよね。在籍17年目。
地元山梨出身で、韮崎高校から順天堂大学へ進学、2001年からヴァンフォーレ甲府に加入すると、17年間移籍することなくヴァンフォーレ甲府をけん引してきました。
低迷期・昇格・降格・昇格・降格と、ヴァンフォーレのすべてを味わった男、石原が引退。そしてヴァンフォーレ甲府はJ2に降格と、一つの歴史が終わった感じがしますよね。
⇒川崎フロンターレvsヴァンフォーレ甲府マッチプレビュー。ワイン飲んで、お風呂に入ろう。
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石原克哉、引退。17年の現役生活にピリオド。
ヴァンフォーレ一筋17年
今季限りで現役を引退するMr.ヴァンフォーレ石原克哉選手の
引退セレモニー!
#vfk #進化 pic.twitter.com/6wJ0YCF16U— ヴァンフォーレ甲府 (@vfk_official) 2017年12月2日
J1リーグで通算142試合出場11得点、J2通算325試合出場19得点。2017年は、リーグでの出場はなく、ルヴァンカップに2試合出場したのみでしたが、その貢献度合いはゲームに出場することだけではありませんでしたよね。
ナンバーの記事が泣けます…。これは全甲府サポ必読。そして、全Jリーグサポ必読です。人前で読んだらダメなやつです。目から汗出るやつ・・・。
⇒月給5万円で始まった甲府での17年。石原克哉は“チームの母”だった。
残留を決めるときにピッチにいるべき選手
石原克哉で思い出すのは、2013年の残留を決めた試合ですよね。レギュラーではなくなってきていた時期で、試合に全然絡めていなかったのに、残留を決める試合の大分トリニータ戦で、途中交代で出場。その意図を城福浩監督は「残留を決めるときにピッチに立っているべき選手」と試合後のインタビューで言っていました。
そういわれる選手ってすごいですよね。
引退理由は、両膝の痛み。それでもチームのために。
石原は両ひざの痛みで、「ここ1、2年は練習もろくにできなかった」と言っていました。それでもひたむきに練習に取り組む姿を見せ続けたのは後輩に伝わっていると思います。今季最後のアウェーの試合でも、ベンチ外のメンバーも帯同したそうで…それは「みんなで戦いたい。自分たちが行くことで力が出るかは分からないけれど、何かがしたい」と石原が吉田達磨監督に帯同を申し出たそうです。
試合に出られなくてもチームのために行動する、それこそが中村憲剛にも通じるバンディエラと呼ばれるゆえんですよね(書いててまた目から汗でそう…)
さらに先ほど紹介した記事でも、降格争いや残留争いの佳境に、士気を高めようと「勝利ボーナス」がフロントから持ち掛けられたときに、石原は「チームの全員で勝ち獲る結果なのだから、試合に出た選手だけでなく、出られなかった選手たちのことも考えて欲しい」と、上層部に掛け合ったことさえあったそうです。こういう選手がいるっていうのが宝ですよね。
石原の今後は、ヴァンフォーレのために
「もっとヴァンフォーレというクラブを知って、Jリーグ全体、スポーツ界全体の流れというか現状を知って、より良いクラブにしていきたい。今まではサッカーさえしていれば良かったですけれど、外から何かできるか。自分にとっても新しい発見もあると思うから、それを探りながら考えていきたいです」
とクラブのために活動していくと言っていた石原。
将来、監督として中村憲剛率いる川崎フロンターレと、石原克哉率いるヴァンフォーレ甲府で、試合をしてほしいですよね。こういう選手を大事にしているチームが好きなんだよ。
Jリーグが長くなってきても、こういう選手は各チームに1人いるかいないか。いかにそういう選手を作れるか、チームを、地域を愛してくれる選手を作れるか。そういう関係性を作るのがJリーグの100年構想だと思っています。
⇒中村憲剛の背番号14は、川崎フロンターレ史上初の永久欠番を希望します。






