川崎フロンターレ齋藤学、大久保嘉人の背番号の意味は?それぞれ3つの意味がある!

川崎フロンターレの新加入選手の背番号はこちら。

今まで所属していた選手の背番号は変わりませんでしたね。レンタルに出た選手の背番号ですが、三好康児の背番号13は大事にされたものの、板倉滉の背番号28は先輩の脇坂泰斗へ。

まぁこれは背番号28という重い番号ではなく、帰ってくるときには空き番号の15とか、今季大久保の背負う4とかを用意する感じなんでしょうね。以下は、齋藤学と、大久保嘉人がそれぞれ背負う新背番号について俺が推測する理由を3つずつ上げていきます。

齋藤学が37番を背負う3つの理由

そもそも番号があまり空いてなかった

契約の段階で、選べる番号があまりなかったんでしょうね。キャラ的にも、9番は似合いそうだと思いますが、斉藤学の移籍が決まったのは赤﨑修平よりも後であったため、赤﨑との契約時にすでに背番号等の話し合いが終わっていたんだと推測されます。

2008年横浜Fマリノスに新加入した時と同じ番号

実はこれが一番大きいと思うんですが、横浜Fマリノスに齋藤学が新加入した際につけていた番号が37番なんですよね。プロデビューして10年という区切りで、一から歩き始めるのにつけるのは良い番号。

心機一転また新人のつもりでつける番号としては、まったく同じ番号を付けるのはとてもいいですね。本人にとってもプラスでしょう。ただ怒っている横浜Fマリノスのサポーターの気持ちを逆なでしそうではありますが…。

足して10となる数字

斉藤学は、やっぱり10番が似合うと思うんですが、さすがに川崎フロンターレで史上初めて日本人で10番を背負った新婚、大島僚太をどかすのは…ってなると、足して10になる、28は板倉滉、脇坂泰斗とユース出身の番号になったみたいですし、足して10になる番号として「3+7」の37番、「4+6」の46番で選ぶには37がよかったんでしょうね。

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大久保嘉人が4番を背負う3つの理由

三好泰児への配慮

レンタルで移籍した川崎フロンターレ育成の星、三好康児に対して「大久保嘉人が来たけど、お前の背番号は空けているぞ!(だから1年で成長して帰って来いよ!)」という親愛の情を伝えるとともに、ハッパをかけているんだと思います。

井川祐輔の存在

井川祐輔の存在は大きいんでしょうね。今まで背番号4を長くつけていたレジェンド的存在の井川祐輔。彼が契約満了になり、イースタンSCに行くことになりましたが、「国内で着るユニフォームはフロンターレが最後」と言い切り、川崎に帰ってくることが決まってるクラブの宝の背番号を適当な選手につけさせるべきではないという点、井川祐輔自身が後継者として期待した板倉がベガルタ仙台に移籍したことでつけるべき選手がいないこと、そして大久保嘉人が井川祐輔と同い年で仲も良かったことなどがあります。

13を足しただけ

「足し算」。今までの縁起のいい13番の10の位と1の位の数字を足したものが4であるということがありますよね。齋藤学の足して10もそうですが、今までつけていた番号を足して新背番号を背負うというのも結構ありますよね。

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以上大久保嘉人と、齋藤学の背番号についてのブログ記事でした!